裏庭からスピカ

基本は雑記、ときどき小説の話……をしたい。

本屋大賞と推理作家協会賞

先日、2018年の本屋大賞が発表されて辻村深月かがみの孤城』が大賞に選ばれました。この本屋大賞、始まったのが2004年とまだ歴史は浅いにもかかわらず、今や相当な影響力を持つ賞として認知されておりますね。

「全国書店員が選んだいちばん! 売りたい本」のキャッチコピーを掲げていますが、同時に「売りやすい」本でもあるかな、と感じます。といってもネガティヴな意味合いではなく、誰が読んでも外れのない作品が選ばれているってことです。

これまでに読んだ本屋大賞作品(ノミネートまで含めて)に対して、私はそういう印象を抱きました。本当にすごいアベレージだと思う。

 

一方でアベレージヒッターがいればホームランバッターもいる、そういうものです。なので、もう一つ別のエンタテインメント系文学賞をプッシュしたい。日本推理作家協会賞がそれです。ここの長編賞には塊感のある物語がずらりと並んでいます。

「でもそれってミステリ作品ばっかりでしょ」と思われそうですが、どうもミステリの定義自体が非常に広範らしく、ちょっとでも謎の要素があればOKのようで。じゃなければ古川日出男『アラビアの夜の種族』が受賞したりはしないでしょう。ジャンル横断型の物語とはいえ、ファンタジーに分類される方がミステリよりはまだしっくりくるくらいですからね。まあ、そもそもジャンル分け議論を不毛に感じるほどに圧倒的な物語ではありますが。

こちらの賞はたとえ受賞作であっても人によって合う、合わないはあると思います。ですががっちり噛み合えば「すげえの読んだ……」という読後感に浸れますから。

5月に映画公開を控えている柚月裕子『孤狼の血』も受賞作ですね。映画の予告をご覧になれば原作のギラつきっぷりも伝わるはずです。すごい熱量ですよ。

 

そして今回、冒頭で名前を挙げた『かがみの孤城』がこちらにも大賞候補作としてノミネートされているのです。もうこれだけでも拍手喝采なのですが、4月26日の選考発表を静かに見守らせていただきます。

勇者の孤独

Switch(未購入)でゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド(未購入)をやりてえなあ、とこのところ思っておりました。しかしそれを実行に移せば、己の懐具合と可処分時間に甚大な影響を及ぼすのは必至。

なので代替案として、すでに一度クリア済みである3DSゼルダの伝説 時のオカリナをやってみることにしたのです。ちょいと浸れば満足するだろ、と。

そんなわけで電源を入れると、しばらくしてタイトルが出てきます。ここですよ。

何年か前にプレイしていた時には気づかなかったのですが、音楽といい映像といい、エンタテインメント大作には似つかわしくないほどの静寂に満ちているのです。主人公であるリンクが愛馬エポナとともに夜明けのハイラル平原を駆ける、それだけ。

非常に抑制が効いた演出だと言わざるを得ない。

 

そういえば初代のドラゴンクエストにおいても、勇者の旅立ちで画面から流れてきたアレフガルドのテーマは、物悲しさすら感じさせるとても静かな曲でした。

彼と比較したならば、時のオカリナにおけるリンクには旅のお供である妖精ナビィが常に一緒です。けれども実際は旅を進めれば進めるほど、リンクの孤独は深まっていく。

七年間の時を超え、ハイラルを救うため少年と大人を行き来するリンクは、まず故郷であるコキリの森で自分が仲間たちとは違う存在だと突きつけられる。コキリ族は子供の姿のまま成長しないけど、彼は大人になってしまったわけですから。そして仲間たちには自分がかつてともに過ごしたリンクであることに気づいてもらえない。

世界を救ったら救ったで、そこまで積み重ねてきた旅がリセットされてしまう。旅の間に深く関わってきた人たちとの何もかもがなかったことに。のみならず、すぐ隣ですべてを一緒に見てくれていた妖精ナビィとも離ればなれになってしまうわけで。

固く結ばれたはずの絆はほどけて手からこぼれ落ち、ハイラルを救うため命がけで戦ってきたリンクには結局何も残らない。あるのは埋めようのない孤独感だけ。

 これは喪失の物語なのだ、と冒頭の画面を眺めながら強く思うのです。

さよならだけが人生だ

花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ。

唐代の漢詩をそう訳したのは井伏鱒二ですが、本当にすごい訳だなとしみじみ感じます。平仮名の良さを存分に引き出した、とでも申しましょうか。

 

そんなわけで話は飛びます。現在公開中のアニメーション映画『さよならの朝に約束の花をかざろう』を観てきました。ジャンルはファンタジーですね。

予告動画を観た段階では「よくある感じの恋愛ものかねえ」という不安を拭えなかったものの、何となくファンタジーを体が欲していたので行ってみたのです。

『15時17分、パリ行き』とギリギリまで迷いましたが、あちらはクリント・イーストウッド監督作品なのでたぶん上映期間もそこそこ長いはず。なので後回しでもいいか、と。

結果からいえば『さよならの朝に約束の花をかざろう』、恋愛ではなく親子の物語でした。私は好きです。観に行ってよかった。

 

ストーリーやキャラクターについては公式サイトに結構詳しく説明されていますし、劇場でご覧になった方もいろいろと書かれているようです。なのでここでは割愛。

おそらく、この作品に合うかどうかのポイントは時間の描き方でしょう。観ている側を置き去りにするくらいの跳躍が何度かありますから。それぞれの場面をもっと丁寧に描いてよ、と感じた人も少なくない気がします。

でも私が「いい!」と思ったのはまさにそこなんですよね。

 

この物語は最初から最後まで、主人公であるマキアの個人的な物語です。作中の言葉を借りれば彼女の“ヒビオル”、健気な少女がただただ日々を一生懸命に生きていく姿を観客は見守っていく。

だけどダイナミックな時間の流れを描くことにより、そんな個人的な物語が神話的な色彩を帯びたように思うのです。映画における2時間という制約の中でよくぞ、と観終えた当初は感じましたが、むしろ制約があればこそなのかもしれません。

 

もうすぐ年度も変わります。初めて親元を離れて暮らすことになる、そういう方たちにぜひおすすめしたい作品です。

とても静かな場所

ついつい積ん読をしてしまう人は少なくないでしょう。かく言う私もその一人でね。

「三回生まれ変わっても読み切れないんじゃねーかこれ」と思いながらも、何ら対策を講じることなく無造作に積み上げていたわけです。

しかしようやく重い腰を上げ、「同じ人生を三回やり直しても読みそうにない本は売る!」と固く心に誓って仕分け作業を行っておりました。

当然ながら結構な分量になりまして、近所のブックオフへ持って行けば買取の査定待ちで長く待たされました。そらそうよ。

その待ち時間を使って、あるマンガを久しぶりに読み返しました。豊田徹也『アンダーカレント』です。これがもう刺さる刺さる。

 

以前に読んだのはそれこそ十年くらい前のことでしょうが、そのときも「これはすごい作品だ」と唸ったのを覚えています。ですが今の方がさらに深く食い込んできた。年齢によるもの、と言ってしまえばそれまでですけどね。

淡々と静かな日常が進行しているはずなのに、銭湯を営んでいる関口かなえの夫の失踪、素性のわからない寡黙な男・堀の存在などによって常に物語は緊張感を孕んでいます。そこに一筋縄ではいかないタイプのサブじいや探偵の山崎が加わって、より多面的な顔を見せてくれるのです。コメディタッチの箇所も意外と多い。

とにかく余韻を残すラストまで本当に素晴らしい。ちなみに同じく豊田徹也による『珈琲時間』にも探偵の山崎が登場します。こちらもいいですよ。

 

つい先日読了した宮下奈都『羊と鋼の森』も、静けさに満ちた光景が絶えず脳裏に浮かんでしまう、そんな物語でした。出だしがとても好きで。

もしかしたら、売り払った本たちの中にも静かな衝撃を与えてくれるものがあったのかもしれません。というかあったんだろうな、たぶん。

そうはいっても今さらです。縁がなかった、と諦めるしかありません。

家族最強論

昨年末の話ではありますが、王城夕紀『天盆』を読みました。『青の数学』で名を馳せた方のデビュー作ですね。

架空の古代中国を舞台としたファンタジー小説で、これがまた面白かったのです。一つの場面を短く切り上げることによって畳み掛けるようなハイテンポで物語が進んでいく。

このスピード感はまるでかつてのフェニックス・サンズだ、と読み進めながら思う。HCとなったマイク・ダントーニの下、スティーブ・ナッシュを中心としたラン&ガンオフェンスで圧倒的な得点力を誇った頃の。100点ゲームなんて当たり前、とにかく速い展開に持ち込んでひたすら撃ち合う、とても魅力的なチームでした。

そんなサンズの前に立ちはだかっていたのがサンアントニオ・スパーズ。史上最高のPFとも評されるティム・ダンカンを擁していたスパーズは、この二十年の間に五度もNBA制覇を果たしている、リーグ屈指の強豪球団です。結局、サンズはその壁を越えることができませんでした。

だけどスパーズのバスケットボールもまた美しい。ハーフコートで時間をかけ、徹底的にパスを回し時にはドリブルで仕掛けながらフリーの選手を作る。競技は違えど、そのスタイルはまるでバルサのサッカーだ。そんな常勝スパーズを率いるグレッグ・ポポビッチHCは、自らのチームを「家族」と呼ぶ。

で、話は再び『天盆』に戻ります。『天盆』もまた家族の物語でした。父と母、そして十三人の子供たち。末の子である凡天が、囲碁や将棋のような遊戯“天盆”の才能を見せたことで物語は動きだすのです。

この家族がたまらなく好きだ。一見ただのろくでなしでしかない、そんな父親の少勇がいればこその家族の物語。おすすめです。